ペンライトの起源「光で会場を彩る文化」の始まり
ペンライトの歴史は、1970年代にまで遡る。
きっかけは、西城秀樹さんのコンサートで、観客が持っていた細長いライトが、会場全体で揺れる光景が話題になったことだと言われている。
これが「ペンライトの始まり」とされる所以である。
その後、1980年代には化学反応を利用した「ケミカルライト」が普及し、現在のペンライトの原型として定着していく。
そして1990年代以降、ペンライト文化はさらに進化し、世界的に広がっていった。
こうして「観客の光で会場を彩る文化」が根付いたことが、後の「制御ペンライト」の登場につながっていく。
制御ペンライトの登場は、2011年あの大物バンドから
制御ペンライトのルーツは、2011年、イギリスの人気バンド・コールドプレイが導入した「ザイロバンド」とされている。
発案者はRB Concepts社のジェイソン・レグラー氏で、「Fix You」の歌詞にある “lights will guide you home” に着想を得て、音楽と光を融合させたいと考えたのが始まりだという。
観客に配られたリストバンド型ライトが曲に合わせて光り、会場全体が一体化する演出は、当時大きな衝撃を与えた。
SNSを通じてその映像が拡散され、制御ペンライトは一気に世界中のステージへ広まった。
この導入を境に、多くの国内アーティストが採用するようになり、制御ペンライトは一気に浸透していった。
日本での普及は2012年〜。2014年の嵐が決定打に
日本国内では、2012年のスマイレージ公演で初めて登場し、2014年の嵐のドームツアーで一気に普及した。
特に嵐は2014年の『THE DIGITALIAN』で無線制御ライトを本格導入し、日本のドーム演出の歴史を塗り替えたと評されている。
このライブでは、会場全体が楽曲に合わせて色を変え、客席そのものが演出の一部になったように見える体験が、多くの人の記憶に残った。
嵐の2014年ライブは、その演出価値を広く印象づけ、日本の大型ライブ文化に大きなインパクトを与えた。
この流れを受けて、制御ペンライトは「観客を『鑑賞者』から『演出の共同創造者』へと昇華させる」ものとして、日本のライブ業界に定着していく。
制御ペンライトの仕組みと「使い回せなさ」の構造
制御ペンライトは、公演の入場時に無線や赤外線で専用設定が施される仕組みになっている。
そのため、別のライブに持って行っても自動的には連動しない。
一方で、一部の製品には手動で色を切り替えられるモードがあり、演出に同期はしないものの、普通のペンライトとして使うことは可能。
つまり、技術的には「使い回せないわけではない」のだが、ライブの演出に参加するためには、その公演専用の制御に対応したペンライトが必要になる。
この構造が、「前回までのペンライトは使えない」「今回のペンライトも次回使えないのでは」というファンの懸念を生んでいる。
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